Eisenbergerら(2003)は社会的に排斥されたときに、脳がどのような反応を示すか機能的磁気共鳴画像(functional magnetic resonance imaging: fMRI)を用いて検討している。この実験において参加者はMRIスキャナー内でネットワークを介して接続されている二人の他者とキャッチボールを行った。このキャッチボールでは画面上に表示されたそれぞれのキャラクター同士でボールを投げ合い、参加者は右の人に投げるか、左の人に投げるかをボタン押しで選択する。参加者はキャッチボールの相手がネットワーク上に存在すると信じるように前もって操作されているが、実際にはそのような他者は存在せず、他者を模したキャラクターはプログラムによって制御されている。実験が開始されてしばらくは参加者にもボールが回ってくるが、後半ではほとんどボールは回ってこなくなる。このような操作によって社会的排斥環境におかれたときの脳機能をfMRIにて測定し、その後社会的痛みの主観指標を得た。その結果、排斥条件では、背側前帯状回(dorsal anterior cingulate cortex: dACC)と呼ばれる領域が賦活しており、さらにこの領域の活動は主観指標による社会的痛みと正の相関を示していた。この結果は、dACCが社会的痛みを表象している可能性を示唆している。さらに、近親者を亡くした女性を対象に行ったfMRI研究では、その故人の写真を見ることでdACCを含む神経ネットワークが賦活することが報告されている(Gündel et al., 2003)。これらの知見は、社会的な関係性の崩壊に伴う痛みにdACCが強く関与していることを示唆している。
身体的な痛みが痛み感覚と痛み情動の2つの要素によって構成される(Prince, 2000; Rainville, 2002)ことはすでに述べた。多くのイメージング研究が身体的痛みの情動要素にdACCが関与していることを報告している。例えば、Rainvilleら(1997)は実験参加者に不快な痛み刺激を催眠による暗示とともに与え、その際の脳活動を陽電子放射断層撮像(positron emission tomography: PET)にて測定した。この実験では暗示によって主観的な痛みが低減した人ほどdACCの活動も低減しており、dACCが身体的痛みの情動要素に関連していることを示唆している。またプラシーボ効果によって痛み刺激に対するACCの賦活が低減することも報告されている(Wagner et al., 2004)。これらの研究では、痛み刺激に対する体性感覚野の賦活と主観的な痛みの程度には関連がみられないことも一致している。
動物を対象とした研究でも、dACCが社会的痛みに関連していることが示されている。泣き声は若い動物が母親などの介護者から引き離されたときに誘発される苦痛の指標である。リスザルのdACCを切除すると、自発的な泣き声の生成が消失する(MacLean & Newman, 1988; Kirzinger & Jurgesns, 1982)が、マカクザルのdACCに電気的な刺激を与えると、泣き声が誘発される(Robinson, 1967; Smith 1945)。
一方、泣き声に対する母性的反応にもdACCが重要な役割を果たしている。齧歯類において母親のdACCの切除を行うと、乳児の泣き声に対する母性的行動が傷害される(Murphy et al., 1981; Stamm 1955)。Stammの研究では、dACCを切除された母親の子の生存率はわずか12%であったことから、母親の育児行動においてdACCが非常に重要であることがわかる。これらの動物の知見に一致して、ヒトのfMRI研究においても、母親に乳児の泣き声をきかせると、dACCが賦活することが報告されている(Lorberbaum et al., 1999, 2002)。また子を持つ母親だけでなく、未婚の女性においても乳児の泣き声はdACCを賦活させる(Sander et al., 2007)。このことから、乳児の泣き声は直接の親子関係においてだけなく、ヒトに共通して社会的排斥の兆候として認識されると考えられる。
Eisenberger NI, Lieberman MD, Williams KD (2003) Does rejection hurt? An FMRI study of social exclusion. Science 302:290-292.
Gündel H, O'Connor MF, Littrell L, Fort C, Lane RD. Functional neuroanatomy of grief: an FMRI study. Am J Psychiatry. 2003 160(11), 1946-53.
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