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2010-02-27

時間的意志決定における”可能な限り早く”の効果

J Neurophysiol. 2010 Feb 24. [Epub ahead of print]
An "As Soon As Possible" Effect in Human Inter-Temporal Decision Making: Behavioral Evidence and Neural Mechanisms.
Kable JW, Glimcher PW.

主観的価値はすぐに手に入る報酬に対して双曲線的に減少し、腹側線条体を含む少ない評価領域がこの主観的価値にも基づいて選択を導く経路になっていると著者はいってる。
要するにTanakaらの研究では、時間スケールによって機能する領域が異なることが示唆されているけど、彼らは一緒じゃねって言ってる模様。

2010-02-26

個人主義は他者に関する処理における内側前頭前野の活動を低下させる

Soc Neurosci. 2010 Feb 22:1-15. [Epub ahead of print]
Differential dorsal and ventral medial prefrontal representations of the implicit self modulated by individualism and collectivism: An fMRI study.
Harada T, Li Z, Chiao JY.

個人主義をプライムされると、他者関連情報の処理時においてdorsal MPFCの賦活が自己関連情報処理時に比べて低下するらしい。
著者らは、文化的価値が自己関連情報に関する評価の神経表象を形成していると主張。

不公平嫌悪の社会的選択傾向に関する神経学的知見

Nature 463, 1089-1091 (25 February 2010) | doi:10.1038/nature08785; Received 29 June 2009; Accepted 22 December 2009
Neural evidence for inequality-averse social preferences
Elizabeth Tricomi, Antonio Rangel Colin F. Camerer & John P. O’Doherty

脳内報酬系は社会的場面における公平な資源の分配にもセンシティビティをもつ模様。

2010-02-25

報酬系の青年期発達

Front Hum Neurosci. 2010 Feb 12;4:6.
Adolescent development of the reward system.
Galvan A.

報酬系は青年期において過活動であるとの仮説が提唱されていて、
それは青年期のreward seekingの高さに依存しているだって。

ADHDの機能的結合と個人間多様性

Can J Psychiatry. 2009 Oct;54(10):665-72.
The restless brain: attention-deficit hyperactivity disorder, resting-state functional connectivity, and intrasubject variability.
Castellanos FX, Kelly C, Milham MP.

休息状態の機能的結合で、ADHDの個人差を説明できるかも。

2010-02-24

社会的行動の計算論

Science. 2009 May 29;324(5931):1160-4.
The computation of social behavior.
Behrens TE, Hunt LT, Rushworth MF.

社会的行動は、報酬に基づくネットワークと他者の意図を理解するネットワークに大きく依存している。
この二つのネットワークがどのように結びついているかレビューされている。

2010-02-23

悪いのは誰? 社会的場面における原因帰属の神経相関

Soc Neurosci. 2010 Feb 15:1-16. [Epub ahead of print]
Who is to blame? Neural correlates of causal attribution in social situations.
Seidel EM, Eickhoff SB, Kellermann T, Schneider F, Gur RC, Habel U, Derntl B.

いいことは自分に、悪いことは外部に帰属するする利己的バイアスにはACCと背側線条体の活動が関連していたことから、これらは報酬系の処理と関連している模様。

2010-02-21

痛みの感受性

 社会的痛みにdACCが重要な働きを担っていることは一連の研究から明らかである。彼らの予測通り、身体的痛みと社会的痛みがその処理機構を共有しているのであれば、その感受性にも関連がみられるはずである。Eisenberger et al.(2006)が皮膚温熱刺激に対する痛みと社会的痛みの感受性に関して報告している。彼らは実験参加者にまず皮膚温熱刺激を与え、それに対する不快感の閾値を測定し、その後サイバーボール課題で社会的排斥に対する不快さを測定した。相関解析を行ったところ、身体的痛みの不快感の閾値が小さい、つまり身体的痛みを感じやすい個人ほど、キャッチボールでの排斥に対して強い社会的痛みを感じたことが示された。この知見は慢性疼痛患者を対象とした知見からも支持される。慢性疼痛患者は健常人と比較し、恐れ型の愛着スタイルをもつことが多く(Ciechanowski et al., 2003)、社会的評価や拒絶に対する恐れが強い(Asmundson et al., 1996)。この行動実験や臨床実験は身体的・社会的痛みがその神経基盤を共有していることを暗示している。

Eisenberger NI, Jarcho JM, Lieberman MD, Naliboff BD (2006) An experimental study of shared sensitivity to physical pain and social rejection. Pain 126:132-138.
Ciechanowski P, Sullivan M, Jensen M, Romano J, Summers H. (2003) The relationship of attachment style to depression, catastrophizing and health care utilization in patients with chronic pain. Pain. 104(3):627-37.
Asmundson GJ, Norton GR, Jacobson SJ. (1996) Social, blood/injury, and agoraphobic fears in patients with physically unexplained chronic pain: are they clinically significant? Anxiety. 2(1):28-33.

前帯状回の解剖と機能

 ACCは左右の皮質をつなぐ脳梁の周辺を取り巻く皮質構造の前半分で、ブロードマン領域BAの24・32・33に相当する。さらにACCは機能的に背側部(dACC)と腹側部(ventral ACC: vACC、もしくはsubgenual ACC: sgACC)に分類される。また背側と腹側の中間でくちばしのように曲がっている領域を吻側部(rostral ACC: rACC)と呼ぶこともある。ACCの皮質構造は、視床からの入力を受ける第4層(内顆粒細胞層)が欠落し、多様な皮質及び皮質下構造への出力を含む第5層(内錐体細胞層)が特に発達している(Allman, 1998)。
 
 一部のブロードマン領域24の第5層には巨大な錐体細胞が存在し(Nimchinsky et al, 1999)、発見者の名を取りフォン・エコノモ神経細胞(von economo neuron: VEN)と呼ばれている。VENは長距離の投射をもつようであるが、その正確な結合の分布はいまだに明らかになっていない。VENはヒトや高度な社会的動物(類人猿や象、鯨)にだけにしか見つかっておらず、社会的・感情的認知、意識、直感などのヒトの高次な認知機能に関与している可能性が示唆されている(Allman et al., 2005)。社会的痛みに関する知見は、下等哺乳類から蓄積されている。VENが下等哺乳類にも存在するとの報告はなく、VENが社会的痛みに関与するかどうかは慎重に議論する必要がある。


Allman, J.M.1998 Evolving Brains. W.H. Freeman. New York
Nimchinsky et al., 1999 A neuronal morphologic type unique to humans and great apes. PNAS, 96:5077-5082.
Allman JM, Watson KK, Tetreault NA, Hakeem AY. Intuition and autism: a possible role for Von Economo neurons. Trends Cogn Sci. 2005 Aug;9(8):367-73.

2010-02-19

結合性によって捉えられた脳の報酬ネットワーク

Reward networks in the brain as captured by connectivity measures.
Camare et al., frontiers in Neuroscience 2009

側坐核を中心とした報酬ネットワークに関してよくまとまっている。
脳の結合性をfMRIに評価することが新たな理解につながることに非常に共感。

ソーシャルブレインズ入門 <社会脳>って何だろう

藤井直敬先生の新刊
アマゾンで予約していたものが届く。
タイトルから予想していたより意外に堅い内容。
大学院生ぐらいにちょうどよいと思われる。
ECOGに関して勉強になった。

2010-02-16

社会的痛みと前帯状回

 Eisenbergerら(2003)は社会的に排斥されたときに、脳がどのような反応を示すか機能的磁気共鳴画像(functional magnetic resonance imaging: fMRI)を用いて検討している。この実験において参加者はMRIスキャナー内でネットワークを介して接続されている二人の他者とキャッチボールを行った。このキャッチボールでは画面上に表示されたそれぞれのキャラクター同士でボールを投げ合い、参加者は右の人に投げるか、左の人に投げるかをボタン押しで選択する。参加者はキャッチボールの相手がネットワーク上に存在すると信じるように前もって操作されているが、実際にはそのような他者は存在せず、他者を模したキャラクターはプログラムによって制御されている。実験が開始されてしばらくは参加者にもボールが回ってくるが、後半ではほとんどボールは回ってこなくなる。このような操作によって社会的排斥環境におかれたときの脳機能をfMRIにて測定し、その後社会的痛みの主観指標を得た。その結果、排斥条件では、背側前帯状回(dorsal anterior cingulate cortex: dACC)と呼ばれる領域が賦活しており、さらにこの領域の活動は主観指標による社会的痛みと正の相関を示していた。この結果は、dACCが社会的痛みを表象している可能性を示唆している。さらに、近親者を亡くした女性を対象に行ったfMRI研究では、その故人の写真を見ることでdACCを含む神経ネットワークが賦活することが報告されている(Gündel et al., 2003)。これらの知見は、社会的な関係性の崩壊に伴う痛みにdACCが強く関与していることを示唆している。
 身体的な痛みが痛み感覚と痛み情動の2つの要素によって構成される(Prince, 2000; Rainville, 2002)ことはすでに述べた。多くのイメージング研究が身体的痛みの情動要素にdACCが関与していることを報告している。例えば、Rainvilleら(1997)は実験参加者に不快な痛み刺激を催眠による暗示とともに与え、その際の脳活動を陽電子放射断層撮像(positron emission tomography: PET)にて測定した。この実験では暗示によって主観的な痛みが低減した人ほどdACCの活動も低減しており、dACCが身体的痛みの情動要素に関連していることを示唆している。またプラシーボ効果によって痛み刺激に対するACCの賦活が低減することも報告されている(Wagner et al., 2004)。これらの研究では、痛み刺激に対する体性感覚野の賦活と主観的な痛みの程度には関連がみられないことも一致している。
 動物を対象とした研究でも、dACCが社会的痛みに関連していることが示されている。泣き声は若い動物が母親などの介護者から引き離されたときに誘発される苦痛の指標である。リスザルのdACCを切除すると、自発的な泣き声の生成が消失する(MacLean & Newman, 1988; Kirzinger & Jurgesns, 1982)が、マカクザルのdACCに電気的な刺激を与えると、泣き声が誘発される(Robinson, 1967; Smith 1945)。
 一方、泣き声に対する母性的反応にもdACCが重要な役割を果たしている。齧歯類において母親のdACCの切除を行うと、乳児の泣き声に対する母性的行動が傷害される(Murphy et al., 1981; Stamm 1955)。Stammの研究では、dACCを切除された母親の子の生存率はわずか12%であったことから、母親の育児行動においてdACCが非常に重要であることがわかる。これらの動物の知見に一致して、ヒトのfMRI研究においても、母親に乳児の泣き声をきかせると、dACCが賦活することが報告されている(Lorberbaum et al., 1999, 2002)。また子を持つ母親だけでなく、未婚の女性においても乳児の泣き声はdACCを賦活させる(Sander et al., 2007)。このことから、乳児の泣き声は直接の親子関係においてだけなく、ヒトに共通して社会的排斥の兆候として認識されると考えられる。

Eisenberger NI, Lieberman MD, Williams KD (2003) Does rejection hurt? An FMRI study of social exclusion. Science 302:290-292.
Gündel H, O'Connor MF, Littrell L, Fort C, Lane RD. Functional neuroanatomy of grief: an FMRI study. Am J Psychiatry. 2003 160(11), 1946-53.
Price DD (2000) Psychological and neural mechanisms of the affective dimension of pain. Science 288:1769-1772.
Kirzinger, A. and Jurgens, U. (1982) Cortical lesion effects and vocalization in the squirrel monkey. Brain Res. 233, 299–315
MacLean, P.D. and Newman, J.D. (1988) Role of midline frontolimbic cortex in production of the isolation call of squirrel monkeys. Brain Res. 45, 111–123
Rainville P, Duncan GH, Price DD, Carrier B, Bushnell MC (1997) Pain affect encoded in human anterior cingulate but not somatosensory cortex. Science 277:968-971.
Robinson, B.W. (1967) Vocalization evoked from forebrain in Macaca mulatta. Physiol. Behav. 2, 345–354
Smith, W. (1945) The functional significance of the rostral cingular cortex as revealed by its responses to electrical excitation. J. Neurophysiol. 8, 241–255
Wager TD, Rilling JK, Smith EE, Sokolik A, Casey KL, Davidson RJ, Kosslyn SM, Rose RM, Cohen JD. Placebo-induced changes in FMRI in the anticipation and experience of pain. Science. 2004 Feb 20;303(5661):1162-7.
Murphy, M.R. et al. (1981) Species-typical behavior of hamsters deprived from birth of the neocortex. Science 213, 459–461
Stamm, J.S. (1955) The function of the medial cerebral cortex in maternal behavior of rats. J. Comp. Physiol. Psychol. 47, 21–27
Lorberbaum, J.P. et al. (1999) Feasibility of using f MRI to study mothers responding to infant cries. Depress. Anxiety 10, 99–104
Lorberbaum, J.P. et al. (2002) A potential role for thalamocingulate circuitry in human maternal behavior. Biol. Psychol. 51, 431–445
Sander K, Frome Y, Scheich H. FMRI activations of amygdala, cingulate cortex, and auditory cortex by infant laughing and crying. Hum Brain Mapp. 2007 28(10):1007-22.

トロッコ課題における内集団・内集団とステレオタイプの影響

Soc Cogn Affect Neurosci. 2010 Feb 11.
On the wrong side of the trolley track: neural correlates of relative social valuation.
Cikara M, Farnsworth RA, Harris LT, Fiske ST.

内集団と外集団への価値づけに対して働くステレオタイプの影響と、その価値づけに関連した脳機能を検討したfMRI研究。
内集団バイアスとステレオタイプには道徳的意志決定に関連する神経システムが重要であることを示唆している。

2010-02-12

社会的痛みとオピオイド

 オピオイドは内因性・外因性を問わず、オピオイド受容体に結合して効果を示す物質の総称であり、その最も重要な効用は鎮痛作用である。Herman & Panksepp(1978)はテンジクネズミの乳児を対象に愛着行動とオピオイドの関連を調べる実験を行った。オピオイドのアゴニストであるモルヒネを投与された個体は、母親と分離されると発声の量が容量依存的に低下した。母親と分離された乳児は生存の危機に瀕しており、この発声は分離による苦痛を反映すると考えられている。この結果から、オピオイドは痛みの調節だけでなく、社会的な愛着行動の維持にも関与していることが明らかとなった。さらに著者らは、分離による苦痛に関する脳回路はオピオイドに基づく痛みネットワークの進化したものに相当することはあり得ると考察している。その後、サル(Kalin et al., 1988)、イヌ(Panksepp et al, 1978)、ラット(Carden et al., 1991)、ニワトリ(Warnick et al., 2005)などの多様な種で同様の知見が報告された。近年では、オピオイド受容体に関連した遺伝子を欠損させたマウスは、母子分離によるストレスが低減したことが報告されている(Moles et al., 2004)ことから、オピオイドは社会的痛み、少なくとも愛着行動においては非常に重要な役割を果たしていると考えられる。ヒトにおいても、オピオイドが社会的痛みに関連することが示唆されている。Zubieta et a., (2003)は女性を対象にオピオイドとネガティブ感情の関連を調べるPET実験を行っている。恋人が亡くなった場面などを想像させると、オピオイドの活動は低下していた。この知見は、ヒトにおいて社会的痛みにオピオイドが関与しており、社会的痛みと身体的痛みがその神経基盤を神経伝達物質のレベルにおいて共用していることを示唆している。

Carden SE, Barr GA, Hofer MA (1991) Differential effects of specific opioid receptor agonists on rat pup isolation calls. Brain Res Dev Brain Res 62:17–22.
Kalin NH, Shelton SE, Barksdale CM (1988) Opiate modulation of separation-induced distress in non-human primates. Brain Res 440:285–292.
Herman, B. H., & Panksepp, J. (1978). Effects of morphine and naloxone on separation distress and approach attachment: Evidence for opiate mediation of social affect. Pharmacology, Biochemistry and Behavior, 9, 213–220.
Moles A, Kieffer BL, D'Amato FR (2004) Deficit in attachment behavior in mice lacking the mu-opioid receptor gene. Science 304:1983–1986.
Panksepp J, Herman B, Conner R, Bishop P, Scott JP. (1978) The biology of social attachments: opiates alleviate separation distress. Biol Psychiatry. 13(5):607-18.
Warnick JE, McCurdy CR, Sufka KJ (2005) Opioid receptor function in social attachment in young domestic fowl. Behav Brain Res 160:277–285.
Zubieta JK, Ketter TA, Bueller JA, Xu Y, Kilbourn MR, Young EA, Koeppe RA. Regulation of human affective responses by anterior cingulate and limbic mu-opioid neurotransmission. Arch Gen Psychiatry. 2003 Nov;60(11):1145-53.

社会的痛みの進化

 社会的痛みの理論は、少なくとも最初期のほ乳類から受け継がれてきた社会的動物の適応戦略の一つであったとのアイデアに基づいている。例えば、高度に組織化された社会をもつヒヒの胎児は、母親が群れに受容されているほど1歳までの生存率が高いことが報告されている(Silk et al, 2003)。さらに扁桃体損傷によって社会的な接触をあまりもたなくなったサルは、群れから排斥され、しまいには同種から守られることなく死亡している(Kling et al, 1970)。こういった知見は、進化の過程において、集団に強く統合されている社会的な個体が生存及び繁殖し、また生殖年齢まで成長することを示している。言い換えれば、社会的に受容されていない個体は生存と繁殖において不利益を享受していたといえる。
 受容と排斥といった社会的な環境の変化に対応するために、社会的動物は排斥の検出を行うメカニズムを必要としたと考えられる。進化の過程において、そのような社会的排斥の検出機構を備えた遺伝的な変異体は生存が促進されたであろう。結果として、そのような変異体は社会的動物として利点をもち、その機能は世代を超えて受け継がれてきたと考えられる。社会的動物、特にヒトは進化過程において、受容が生存に必須となるより複雑な社会構造を発達させてきた。社会的排斥は、初期の社会的動物の時代から重要な脅威であったので、現代のヒトがしばしば経験する社会的な排斥事象も猛禽類や有鱗類(トカゲやヘビ)などの原始的脅威と同様に脳内では扱われているかもしれない。
 このように社会的動物は、排斥を検出するメカニズムを進化的に獲得してきたと考えられるが、その機能はまったく新しく構築されたものであろうか。進化生物学には、前適応(preadaptation)と呼ばれる現象がある。これは、以前の機能をもとに新しい機能を獲得するという進化論の概念である。典型的な例としては、鳥の羽が断熱や生殖のための飾りに利用されるようになったことが挙げられる(Sumida & Brochu, 2000)。この前適応の理論から、社会的動物にはすでに備わっていた身体的な危険に対処するためのメカニズムを、社会的な排斥の検出に利用したと考えらえられる。なぜ他のシステムではなく、身体的痛みのシステムが流用されたのであろうか。すでに述べたように、身体的痛みと社会的痛みは共通して生存を脅かす。他のシステムを流用した変異体は淘汰され、身体的痛みのメカニズムを流用した個体が生存・繁殖してきたと考えられる。身体的痛みのメカニズム流用が結果として最も適応的であったのであろう。
 より具体的な理由は、身体的痛みがその感覚的要素と情動的要素に分類される(Rainville, 2002)ことに起因する。痛みの感覚要素は、現在進行している組織ダメージが痛みに特化した受容体によって収集され、脊髄を経由して脳に伝達される情報といえる(Craig, 1999)。情動要素はその痛み感覚に伴う不快さの感情や、痛み到来の予期に伴う感情によって構成される(Prince, 2000)。この情動要素は感覚要素とは独立しているために、組織ダメージの情報なしに痛いという感情を経験することが可能であると考えられる。社会的痛みはこの痛みの情動要素を賦活させるために、身体的痛みの感覚がなくとも我々は痛いと感じると考えられる。しかし、進化的に身体的痛みの情動要素を社会的痛みに流用したのか、逆に社会的痛みに身体的痛みのシステムを利用したことで痛みシステムが感覚要素と情動要素に分離されたのかに関しては、議論の余地があろう。

Craig, K. D. (1999). Emotions and psychobiology. In P. Wall & R. Melzack (Eds.), Textbook of pain (pp. 331–343). New York: Churchill Livingstone. 
Kling, A., Lancaster, J., & Benitone, J. (1970). Amygdalectomy in the free-ranging vervet (Cercopithecus aethiops). Journal of Psychiatric Research, 7, 191–199.
Price, D. D. (2000). Psychological and neural mechanisms of the affective dimension of pain. Science, 288, 1769–1772.
Rainville, P. (2002). Brain mechanisms of pain affect and pain modulation. Current Opinion in Neurobiology, 12, 195–204.
Silk, J. B., Alberts, S. C., & Altmann, J. (2003). Social bonds of female baboons enhance infant survival. Science, 302, 1231–1234.
S UMIDA , S. S. & B ROCHU , C. A. (2000). Phylogenetic context for the origin of feathers. American Zoologist 40, 486–503.

自尊心の低さは社会的痛みを促進するか?

Soc Cogn Affect Neurosci. 2010
Does low self-esteem enhance social pain? The relationship between trait self-esteem and anterior cingulate cortex activation induced by ostracism.
Onoda K, Okamoto Y, Nakashima K, Nittono H, Yoshimura S, Yamawaki S, Yamaguchi S, Ura M.
自尊心の低い人は、高い人に比べて社会的排斥によって主観的にも痛みを感じやすく、前帯状回の活動も高いことから、社会的排斥に対する感受性が高まっていることを示唆している。

未産の胎児喪失後における女性の苦悩に関する神経活動

Am J Psychiatry. 2009 Dec;166(12):1402-10.
Neural activation underlying acute grief in women after the loss of an unborn child.
Kersting A, Ohrmann P, Pedersen A, Kroker K, Samberg D, Bauer J, Kugel H, Koelkebeck K, Steinhard J, Heindel W, Arolt V, Suslow T.
視床-帯状回の結合性を含む愛着ネットワークの関与をヒトのレベルで初めて実証したと著者は主張している。

2010-02-10

社会的痛みに関する最初の示唆

 社会的痛みの概念を最初に提唱したのはPankseppらといわれている。彼らは社会的な愛着システムが身体的痛みや体温調節などと同様に未発達の段階から構築されることを明らかにしている(Panksepp, 1998)。Herman & Panksepp(1978)は母子分離による苦痛に関する脳回路はエンドルフィンに基づく痛みネットワークの進化したものに相当することはあり得ると述べている。さらに、Nelson & Panksepp(1998)は痛みには社会的な欠如によって惹起される感情的苦痛が強く寄与していると言及している。この身体的痛みとその神経基盤を共有する社会的痛みの概念は、EisenbergerらとLearyらのグループによって体系化されている(Eisenberger & Lieberman, 2004; Macdonald & Leary, 2005)。

Eisenberger NI, Lieberman MD (2004) Why rejection hurts: a common neural alarm system for physical and social pain. Trends in Cognitive Sciences 8:294-300.
Herman, B. H., & Panksepp, J. (1978). Effects of morphine and naloxone on separation distress and approach attachment: Evidence for opiate mediation of social affect. Pharmacology, Biochemistry and Behavior, 9, 213–220.
Nelson, E. E., & Panksepp, J. (1998). Brain substrates of infant-mother attachment: Contributions of opioids, oxytocin, and norepinephrine. Neuroscience and Biobehavioral Reviews, 22, 437–452.
Panksepp, J. (1998). Affective neuroscience: The foundations of human and animal emotions. London: Oxford University Press.

心が痛いという表現

 我々は身体的には痛くなくもと、痛いという表現をよく用いる。辞書をひもとくと、痛みの最初の項目には体の一部が病やけがによって傷つけられたときの感情とでてくる。その次に、悲しいときなどに感じる感情と出てくる。これは日本語に限らず多くの言語に共通している。ヒトは無意識的に身体的な痛みと心の痛みを同じものと捉えていたのかもしれない。

社会的痛みの定義

 社会的痛みは、友人や恋人、家族、仲間のような望ましい関係性から排斥されたり、低く評価されたりしたとの知覚に対するネガティブな感情反応である(Macdonald & Leary, 2005)。ここでの排斥とは、拒絶や死別、強制分離などを含む。また低評価とは、恋人になりたいのに友人としてしかみてもらえないといったような、望ましい関係性よりも低く評価された状態を指す(Leary & Springer, 2001)。こういった低評価も、排斥の可能性を増大させる信号として働くので嫌悪として経験されることが指摘されている(Macdonald & Leary, 2005)。
 これまでの研究において、非身体的な痛みは感情的痛み、精神的痛み、心理的痛みといった用語でその存在が提唱されてきている。Thornhill & Thornhill(1989)は感情的痛みは身体的痛みの相似として機能するとした理論を提案している。その中で、感情的痛みは社会的事象に注意を向けさせ、将来におけるそのような事象の回避と修正を促進させるとしている。身体的痛みも同様に、その原因に注意を向けさせ、対処を促す。つまり彼らは、身体的痛みと感情的な痛みは“機能的に”似ていることを示唆してしている。さらにこの理論では、感情的痛みの原因として遺伝的な親族や親しい友人の死、地位の喪失、異性関係における嫉妬、子供なし、レイプなどに注目しており、進化的適応を脅かす要因が強調されている。社会的痛みは社会的関係性の破壊または低下の知覚を直接の原因として引き起こされる感情反応とされる。感情的痛みと社会的痛みはほぼイコールであるが、社会的関係に限定されないため概念としては感情的痛みの方が広い。つまり、感情的痛みは社会的痛みの上位概念であり、社会的痛みを内包すると考えられる。近年の非身体的痛みに関する神経科学研究では社会的痛みと表記されることも多い。いずれにしろ、最終的な目標は非身体的痛み全般に共通したメカニズムの理解にあると考えられる。なぜなら、痛みは身体的であれ、非身体的なものであれ、その情動的要素は脳内において同様に表象されているという仮説の検証が最も重要なためである。

Macdonald G, Leary MR (2005) Why does social exclusion hurt? The relationship between social and physical pain. Psychological Bulletin 131:202-223.
Leary, M. R., & Springer, C. A. (2001). Hurt feelings: The neglected emotion. In R. Kowalski (Ed.), Aversive behaviors and interpersonal transgression (pp. 151–175). Washington, DC: American Psychological Association.
Thornhill, R., & Thornhill, N. W. (1989). The evolution of psychological pain. In R. Bell (Ed.), Sociobiology and the social sciences (pp. 73–103). Lubbock: Texas Tech University Press.

2010-02-09

社会的痛みに関する症例

 身体的な怪我だけが痛みの原因ではない。Danziger & Willer (2005)が注目すべき症例を報告している。生まれつき無痛覚症の女性で、彼女は骨折や火傷、虫垂炎、無麻酔分娩でも痛みを感じたことのない。さらに心理的にも苦痛を感じることがない。しかし、彼女の弟が交通事故で亡くなったときに、その女性は激しく悲しみ、頭痛に悩まされたが、これが彼女にとって最初で、また唯一の痛み経験であった。極端な例ではあるが、社会的なつながりに対する脅威が怪我などによって賦活する生理学的な機構を介して社会的痛みを生起させることを示唆する最近の知見と一致している。
Danziger, N. & Willer, J. C. (2005). Tension-type headache as the unique pain experience of a patient with congenital insensitivity to pain. Pain, 117, 478-483.

評判処理における内側前頭前野と線条体の役割

Soc Neurosci. 2009 Aug 24:1-15. [Epub ahead of print]
The roles of the medial prefrontal cortex and striatum in reputation processing.
Izuma K, Saito DN, Sadato N.
他者に見られているかどうか処理する必要性が高い時にはMPFCと線条体が自動的?に賦活されるらしい。

muオピオイド受容体の多様性は社会的排斥に対する属性的・神経学的感受性に関連する

Proc Natl Acad Sci U S A. 2009 Sep 1;106(35):15079-84. Epub 2009 Aug 14.
Variation in the mu-opioid receptor gene (OPRM1) is associated with dispositional and neural sensitivity to social rejection.
Way BM, Taylor SE, Eisenberger NI.
ミュオピオイド受容体は身体的痛みだけでなく、社会的痛みにも関連している

構造的・機能的脳イメージングによって評価された若年者における攻撃的行動の発達的影響

Soc Cogn Affect Neurosci. 2009 Sep 21.
Developmental effects of aggressive behavior in male adolescents assessed with structural and functional brain imaging.
Strenziok M, Krueger F, Heinecke A, Lenroot RK, Knutson KM, van der Meer E, Grafman J.
攻撃的性はVMPFCの活動低下、FPCの灰白質の薄さと関連していた。

ジュースと金銭的報酬と伴う道具的学習中の背側線条体における予測誤差はオーバーラップする

J Neurophysiol. 2009 Dec;102(6):3384-91. Epub 2009 Sep 30.
Overlapping prediction errors in dorsal striatum during instrumental learning with juice and money reward in the human brain.
Valentin VV, O'Doherty JP.
強化子のタイプによらず、報酬誤差の演算は共通した基盤があるらしい。

社会的比較と平均以上効果の神経システム

Neuroimage. 2010 Feb 1;49(3):2671-9. Epub 2009 Oct 31.
Neural systems of social comparison and the "above-average" effect.
Beer JS, Hughes BL.

金銭的・社会的報酬の予測と摂取における神経ネットワークの分離

Neuroimage. 2010 Feb 15;49(4):3276-85. Epub 2009 Nov 12.
Dissociation of neural networks for anticipation and consumption of monetary and social rewards.
Rademacher L, Krach S, Kohls G, Irmak A, Gründer G, Spreckelmeyer KN.
予期では腹側線条体が金銭的・社会的な報酬で共に活動したけど、摂取では異なるパターンがみられたとのこと。社会的報酬は扁桃体と関連し、金銭的報酬は視床が関連。報酬摂取では予期とくらべて報酬モダリティによって異なる神経ネットワークが機能していること示唆。(金銭的報酬と社会的報酬が線条体領域で共通して処理されるという知見との兼ね合いはいかに??)

強化学習は社会的期待の裏切りに対しても機能する

Soc Neurosci. 2010 Feb;5(1):76-91.
Neural regions that underlie reinforcement learning are also active for social expectancy violations.
Harris LT, Fiske ST.

ぬくもりや競合の期待を裏切られると線条体がそれに関連して賦活する。

うつにおける精神的痛みの機能的神経構造

Psychiatry Res. 2010 Feb 28;181(2):141-144.
The functional neuroanatomy of mental pain in depression.
van Heeringen K, Van den Abbeele D, Vervaet M, Soenen L, Audenaert K.
PETスタディ
うつ病患者の右DLPFCを含む神経ネットワークのの血流量と精神的痛みは関連することから、感情制御との関連を主張している

2010-02-08

外集団よりも内集団に排斥されるときの方が痛い

Front Evol Neurosci. 2009;1:1. Epub 2009 Apr 13.
In-group and out-group membership mediates anterior cingulate activation to social exclusion.
Krill A, Platek SM.

主観的痛みとACCの賦活ともに内集団からの排斥>外集団からの排斥
さらに主観的痛みは扁桃体と相関